月刊秘伝2001年11月号

 

自分の命を守るための現代実用護身術

 さる平成13年8月16日−東京夢の島体育館で、あるセミナーが行われた。横山雅始総帥範が主宰する、功朗法のセミナーである。テーマは「護身」。しかもナイフやピストル、棒等の武器を持ち、闇夜で襲われた場合を含む、きわめてリアルな状況下でのセルフディフェンスだ。

 横山総師範の人物及び功朗法の内容は、本誌7月号で詳しく解説されている。簡単に紹介すれば、横山師範がそれまで学んだ空手、陳氏太極拳、古武術等の技法を集大成し、海外での経験やイスラエルの軍隊格闘術「クラブ・マガ」との交流を経て生み出された武術といえそうだ。そしてその最大の特徴は、日常における護身に重きを置き、有効な解決法を提供できる点にあるといえる。

 その具体的な内容をこれからレポートしていきたい。

武術をルーツにもつ普通の人々の術

筆者はかつて、本誌の特集で数人の武道師範に「護身」についてインタビューを行う機会があった。多くの師範は、危険な場所に行かないこと、他人から襲われるような振る舞いをしないこと等の心得を重要としたうえで、「生半可な技術で、殺意を持つ暴漢に立ち向かうのは難しい」という厳しい答えを出していた。ただ、武術を学ぶことで「いざ」というときの心構えができて、急時の対応力には差が出るだろうとも答えていた。

 横山総師範は、この問題に対して、徹底的にシンプルかつ実戦的なテクニックと、高度なメンタルトレーニングで対応している。今回のセミナーで教える防御メソッドは、一つだけだという。前回のセミナーでも行われた、「相手の攻撃を左手で受け流し、左斜めに入身して、右手で相手を制する」というもの。

この動作を、さまざまなシチュエーションで練習し、一つの動作でどんな場合でも対応できるようにしている。

「いくつもの複雑な技を覚えても、実際に使うのは難しい。それより、一つの動作をマスターして、それをどんな状況でも使えるようにトレーニングする方が現実的です。潜在意識に刷り込まれるほど繰り返し行えば、とっさの時にも反射的に動くことができる。後は、自分の本能に逆らわず、動くことです」横山総師範は、そう説明してくれた。

根幹となる動き・システムブロックとキックショック
前面から突かれた場合、斬りかかられた場合、そして側面や背面と、さまざまな攻撃から、ナイフを避け、体を捌いて人身を行い、同時に攻撃して相手を制していく。

 今講習会では、以上のような護身的体術が実習されたが、その根幹となる動きはどれも同じである。が、手の角度や微妙な動作の変化で、多様な方向からの攻撃に対応していく。つまり、対応のバリエーションは豊富だが、全ては一つの動作に帰着するため、学習する者は迷うことなく覚えられ、速習即戦が可能となる。さらに、この防御メソッドを使う前に有効なものとして、あらゆる動作の基本となる「キックショック」と個体間距離を確保する「システムブロック」が教えられていた。

 キックショックとは、力と体の有効な使い方といえる。全身を脱力し、地面を中足で蹴り、その反作用を利用するというものだ。咄嗟の体捌き、攻撃の受け流し、そして反撃など、全ての動作と発力はキックショックを利用する。
 これは大地を瞬時に蹴る力を蝶旋状に誘導し、打撃力に生かしていくという中国武術の発勁法と共通する面がある。伝統武術における力の用い方は複雑で一様でないため、修得には長い年月の訓練を必要とする。これに対してキックショックの使い方は初心者でも修得しやすく、しかも効果の大きい方法といえる。足の力を上手に使えば、非力な者でも素早く、しかも強力な力を得ることがでさる。これも、護身術としては有効なテクニックといえるだろう。

 一方システムブロックは、相手の肘から肩の間を柔らかく押さえ、それ以上の接近を止めるテクニック。相手がまだ具体的な攻撃に移る前に、こちらから機先を制することができる。
 外見上は、軽く触っているだけだから、相手の敵意を刺激しにくいし、間違えて反応してしまった場合でも問題になりにくい。しかし体幹部を制しているため、相手の攻撃にストップをかけ、有利な間合いを取るためには非常に有効なテクニックとなる。

下の目付で必殺の間合いを見切る 
もう一つ、大切なテクニックに「目付」がある。相手の何処を見るかという問題だが、横山総帥範は「足下」と答えている。「相手がこちらを攻撃する場合、必殺の間介いに入るために一歩踏み込むことになります。その一歩を読めれば、攻撃を避けることができる。

 ナイフや腕、目を見ていては、幻惑されて初動が遅れてしまいます。さらに闇夜で襲われた場合、触認できるのは頭頂部と肩の上と足の甲です。ここでも足下を見ることで、相手の動きが見えるようになります。複数の敵に囲まれたときにも、足下に視線を落とすことが有効。人間の目は視線を落とすことで、側方から後方の一部、約270度の範囲を視野に入れられるのです」こうした目付の使い方で、闇夜や複数の相手に囲まれたときも、動きをとらえることができるという

超リアルなシミュレーション・トレーニング
今回のセミナーの総仕上げとして、闇夜で襲われた場合のシミュレーション・トレーニングが行われた。場所は夢の島公園の森。体育館の周囲は木々が繁り、夜ともなると暗い森となる。ここでナイフを持った暴漢に襲われる状況を再現し、これまで学んだテクニックを駆使して危機を脱するトレーニングをしようとというのだ。暴漢役は、功朗法のスタッフたち。暴漢役2人が潜む森の中に1人ずつ入っていき、1人はすれ違いざま、もう1人は繁みの中から近づき、襲撃してくるというもの。

 よりリアルな状況を再現するため、暴漢は襲う場合もあれば襲わない場合もある。その微妙な雰囲気を読み、的確に反応することが求められるのだ。

 1回目、暴漢が潜む森へ、1人ずつ入っていった−C

 確かに、受講生の反応はさまざまだ。トレーニングの通りに身を捌き、ナイフから逃れられた人は、やはり何らかの武術経験者が多かった。暗闇の中でキラリと光るナイフに目を取られ、身を捌けずに刺されてしまう人はかなりいたと思う。

 一通り、全員が1周した段階で、横山総師範がアドバイスを行う。「トレーニングで学んだ通り、視線を落として間合いを知り、キックショックを使って身を捌きながら側面へ逃げて下さい。近寄ってくる相手には、システムブロックで間合いを取って、必要以上に近づけないように」再び1人ずつ森へ入る−。暗闇と、ナイフで襲われることに慣れたのだろうか。1回目より、確かに上手く対処している。女性の参加者が、暴漢のナイフをスルリと抜け、相手を突き飛ばして逃げている。「武術経験は?」との問いに、「ありません」と答えた。

 さらに3回目。今度は特定の人達に対して、さらに難しい課題が求められた。横山総師範が自ら、「私を守って下さい」というのだ。人をガードしながら、暴漢から身を守るのは非常に難しい。常に暴漢と護衛対象者の動さを計算しながら、自身の動きを決めなければならない。これには、みんな相当に苦労したようだった。
 パニックになって、突然走り出す護衛対象者。あわてて護衛者に抱きつく場合もある。そんな状況の中で護衛対象者の命を優先させ、2人で窮地を脱していかなければならない。
 それは、自分だけを守ればよい場合に比べ、格段に高度な判断と行動力が求められる。それでも、護衛対象者を守りつつ暴漢の攻撃を避けて距離を取り、生還する人が数人いた。被らは、自衝官やプロのボディガードといった、護衝を生業とする人たちであることを後で知った。

 3回目のトレーニングを終えたとき、ほぼ全員が暴漢のナイフを避けて身を守れるようになっていた。
 武術経験者も初心者も、セミナーの効果は確実に実っていたのである。再び体育館へ戻り、セミナーの終了となった。

殺されないために我々は何をすれば良いのか
 殺されないテクニックを学び、きわめて現実に近い状況下でトレーニングを繰り返していく。そうすることで、我々は凶器で襲われることを体験することになり、より冷静に対処できるようになる。今回のセミナーでは、そんな技術と経験を学べたようだ。凶器で襲われる」という非日常性。そこから生じる恐怖に打ち勝ち、冷静に対処して身を守る。そのためには、安全で確実なテクニックと、それを発揮できるメンタルトレーニングが必要だろう。今回のセミナーでは、具体的なテクニックと共に、メンタル的なトレーニングも重視され、実践されていた。このメンタル面のトレーニングについては、また稿を改めて紹介してみたい。
 「殺されない」ために、我々は何をすれば良いのか−。その切迫した問いに、功朗法の身体と精神のトレーニングは、かなり現実的な回答を示してくれているように思う。