月刊秘伝2001年7月号

 

恐れることから始まる実戦護身術
(功朗法)の超リアルな脱殺の原理
取材・文◎霜村敦夫・本誌編集部

イスラエルの軍隊格闘術「クラブ・マガ」を日本へ招聘した横山雅始総師範は、自らも総合実戦武術功朗法を主宰する武道家である。そのメソッドはクラブ・マガはもちろん、空手や古武術、中国拳法などの理合を取り入れ、横山総師範自身の豊富な海外経験を加味して創り上げられている。

 現在、大阪と兵庫県明石を拠点として活動する横山総師範がさる4月7日、東京都の夢の島総合体育館で実戦護身術セミナーを開催し、功朗法の技術メソッドが初めて関東で講習された。そのリアルな「脱殺の原理」をここに紹介してみたい。

画期的な護身メソッド
 格闘技や武道関連の雑誌に寄稿している職業柄、護身術のセミナーや関連書籍を目にする機会も多い。

 これら護身術セミナーや書籍に、繰り返し記されている共通項を二つあげるならば、まず第一は(危ないところに行かない)である。なるほど最もな話ではあるが、昨今では通勤・通学路で暴漢に出会うことや、白昼の人込みの中、集団で襲われる事件も多発し、危機は日常と隣り合わせに存在する時代となっている。

 次に記されているのが、(平常心で対応せよ)である。これも至極まっとうな意見ではあるが、暴漢に襲われている場面で、平常心で対応することは、(達人)と称される武道家でもなければ不可能だろう。なぜならば暴漢による危機とは、(開始)で始まる試合や稽古ではなく、いきなりナイフや拳銃などの武器を持った相手を向かえることもあり得るからだ。

 これらの点を踏まえ、ここで紹介する功朗法は筆者が近年見た、どの護身術や関連書籍より実戦的な護身術ではないかと考える。その理由については後述するが、まずその前に功朗法の創始者である横山雅始総師範の人物像を紹介したい。なぜなら、どのような武術にも共通することだが、創始者の人となりは、その創始した武術と関係が深く、功朗法もまたその例に漏れないからだ。

対ナイフにおける対処方法
 今回のセミナーでは「相手の攻撃に対して左斜め前に入身して対処する」という一動作のみをさまざまなバリエーションに対して集約して講習された。これは、一度にいろいろな動き方を習っても役には立たない、という横山総師範の考えによる。@〜Dのように正面からナイフを持った暴漢に脅された場合(実際にはもっと接近した距離から攻撃されることが多いが)、攻撃されたらまずは相手の攻撃線上にいないこと。この時(恐い)と思う自然な動きで腰を引いた姿勢となるのを、攻撃を押さえること(ここでは右手を目への攻撃にも使っている)と体を捌く動きに利用する。

 相手とふれた接点を維持したまま、斜め前に入身して突きなどの攻撃を連続して加えなが

ら、止まることなく前へ出ていく。この時、最初にふれた手を最後まで離していないことに注目。また、相手の肘が曲がらない場所まで接触することで、追撃できない状態へともちこんでいる。ここでは、C〜Dのように相手の右肩を固めつつ右前腕を喉元へ押し当てて後方へ倒している。このまま肘を極めて相手の武器を取って攻撃してもいい。

なお、Eは接近した時のバリエーションのひとつ。また、Bの際にはFやGのように人差し指と中指の第2関節部を使った二本拳(通常の一本拳より安定して確実とのこと)で頸動脈や目など一撃で相手の攻撃力を著しく低下させる部位を撃ち続ける。「自然な流れに逆らわず動くことが重要です」(横山総師範)

武道に対する挫折
 横山総師範は、少年時代はひ弱な少年だったという。小学生のころに事故で頚椎を痛め、酷いムチウチの状態であったというから、活発な少年たちの中での辛さは想像に難くない。そんな横山総師範が武道と出会うのは中学校に入学し、竹内流柔術を学んだことから始まる。もっともこの竹内流を習い始めたキッカケも、「体が弱かったので、あまり筋肉に負担をかけない柔術を、竹内流を学んだ中学校の先生から習ったんです」と、必要に迫られてのものであったという。
 柔術を習い始めた横山総師範は、メキメキと力をつけて体も丈夫になると同時に、武道の魅力にも惹かれるようになった。中学校を卒業する頃には糸東流空手に入門し、本格的に空手の道を進むことになる。
 ここまでの話であれば、ひ弱な少年が武道にめぐり合い、自分の身体的なコンプレックスから解き放たれる(美談)であっただろう。しかし、ある意味において(2度目の挫折)といえるものが再び横山総師範に降りかかる。
 俊敏な蹴り技を武器に腕を上げた横山総師範は、いろいろな会派の大会に出場、大学で空手を指導する一方、自身も(空手のために)と京都で陳式太極拳を習い貪欲に空手の道を精進した。
 しかし全日本では記録が残せたものの、世界大会では体の大きな外国人を相手にどうしても圧倒されてしまい、満足いく結果が残せなかった。

対ピストルへの対処方法
「拳銃の場合、特に相手にこちらの動きを気づかれないことが大切で、これが生死を分けます。このためには力まず予備動作をなくして空中の蚊をつかむようにサッと動くことが必要です。射撃線に体を平行にして身をかわしながら、銃後部を抑え銃身を斜め下に捻って銃口を体から遠ざけます。オートマチックの場合、遊底後部を抑え、特にリボルバーの場合は弾装と撃鉄を抑えることで発射を防ぐことができます。要は、銃口から体を逃がすことと、銃を捻って銃口を体からそらすことの2つを瞬時に行うわけです。(あとは、ナイフ・ディフェンスと同じ、ただし銃の場合は奪い取るまで攻撃を止めない)」(横山総師範)

 拳銃相手に手首をつかむのは厳禁。いくら射撃線をはずしても、反動などで銃口がこちらに向いてしまう(C)。拳銃は必ず銃後部や撃鉄部を掴み、捻って銃口を体からはずす。もちろん咄嗟の弾かれたような動き(キックショックを使う)、力むことなく手と体を同時に動かす反応の素早さを常日頃から養っていなければならない。横山総師範いわくクラブ・マガでは銃身前部をつかむと教えるが、軍隊用の長い銃身であればそれでもよいが、通常、一般人が遭遇するような拳銃は銃身が短いものも多く、このように指導しているという。拳銃後部をつかむことは撃鉄の動きをじゃまする意味もあり、ひねり上げれば、ちょうど指取り(指関節極め)と同じ効果を与えることができる。

セミナーではその他、倒されて抑えつけられそうになった状態での対処法なども指導された。参加者には女性の姿も……

 「この頃から、太極拳や古流武術への興味が大きくなりましたね。(どうすれば大きい人間を倒せるのか)ということで。ただ当時はあくまでも空手がベースでしたから、(いかに空手に生かせるか?)ということが中心でした」(横山総師範)と言うように、あくまでも空手の大会に勝つためのさまざまな模索を行っている。
 大学を卒業する間際に猛稽古と1ヶ月の山篭りを行い、ベスト3を目指して参加した世界大会であったが、結果はベスト8止まりに終わる。
 「(これだけやって、これなのか?)とすごく虚しくなりましたね。(180センチが当然の外国人に170センチ程度の自分がいくら技術を磨いても駄目なんだ、向いてないんだ)と諦めたんです」
 心血を注ぎ青春時代を稽古に費やした横山総師範にとって(向いてない)という結論はあまりにも大きなものだっただろう。(身体的な差)を痛感した横山総師範は3年ほど空手を諦め、武道の道から遠ざかってしまった。また当時は現在の仕事である美術評論家として、文筆業への魅力を感じていたことも稽古から遠ざかる理由であったという。
  
しかし、26歳のとき再び武道の道へと横山総師範は帰ってくる。
 
「空手を離れてから、(武道とは試合を目指し戦うものなのだろうか?)と考え始めたんです。恐らく年齢的なこともあって、若い頃とは違った視点で自分がやってきたことを振り返ることができたんでしょうね」
 あくまでも試合を想定し、突き詰めていた自身の空手経験がベースとなり、横山総師範に新たな視点を養わせたわけだ。また、この変化の過程において、横山総師範が美術評論を職業としていたことも無縁ではなかったようだ。

「美術評論というのは、要するに古い物に埋もれることなんですよ(笑)。だから仕事として多くの古い武術書に目を通す機会が多かったことが、武道の本質である、(いざという時に、いかにして自分の身を守るのか?)ということに気づかせる助けになったと思います」
 つまり空手道への挫折と、一見空白とも思えた3年間が、現在の功朗法の原点となったわけだ。その後、横山総師範は地元の明石に護身術の教室を設立、自身の空手の経験とそれまでに習った太極拳、柔術などを改めて見直し、南ヨーロッパでも指導にあたり現在の「功朗法」へ至る道を歩みだす。
 以下、先日東京で行われた功朗法をベースとした実用護身術セミナーの様子を交え、功朗法の技術について書きすすめよう。

(恐れる)ことによる発想の転換
 現在の功朗法は技術的に見るとやはり空手をベースにした部分が多い。これは横山総師範が多年にわたり空手道の修練を積んだことにもよるが、実戦の場において、最短距離で相手に攻撃を加える打撃技が有効であることが、大きく比重を占めていると言っていい。実際、セミナーにおいて見せる横山総師範の動きは、空手をベースにしたものが多い。しかし、歩法や打撃を打ち込むタイミングに関しては、空手よりもむしろ陳式太極拳に見られる体捌きや発勁の理合が見られる。

 そして最も重要な要素が、横山総師範が日本普及責任者を務める、イスラエルの軍事格闘技であるクラブ・マガの影響である。クラブ・マガについては本誌2月号で詳しく紹介されているため、ここでの詳しい説明は割愛させていただくが、イスラエル軍が即戦力の養成として考案した軍事格闘技でFBIやSWATも採用している。横山総師範とクラブ・マガを結びつけたのも、美術評論家そして武術家としてヨーロッパを行き来することがキッカケであった。横山総師範が数種の技法をクラブ・マガ会長に提案し、これを機に2人の交流が始まったという。

身近な品物で対処する防御術
 「雑誌などをつねに手で持ち歩くことも護身に有用です。何十枚も重なった紙はナイフで突かれたくらいでは通りませんし、相手の攻撃を封じる際には有用な防御手段となります。この他にも金属製のボールペンなどがあれば、拳より強力な武器になります。どんなものでも持つことにより心理的余裕が生まれることが重要です」(横山総師範)

 実際にナイフで切りつけてみせ、紙とはいえ雑誌などがいかに強靭であるかを示してみせる横山総師範(@)。開いた雑誌は格好の楯となるもので、刃物の攻撃も包み込むように受けて制することができる(A)。
 また、応用としてタオルなどはもっと活用範囲が広がる。B〜Eのように、強く張ったタオルで相手の攻撃線をそらしつつ巻き付け、そのまま抱え込むようにして体ごと後方へ引き倒す。この時、巻き付けたタオルの両端をつかむだけで、片手で相手を制することも可能となる。注意点は、@でしっかりとタオルを張ること。最初から巻き付けにいくと、相手は手首などを回して刺されてしまう。これは雑誌などでも同様であり、あくまで楯としての役割をまずは意識すること。

 その本質は人間の防衛本能を生かした技術にある。
この(防衛本能)、すなわち(恐怖心)こそ功朗法においても基本メソッドとして生かされている。しかし、「クラブ・マガはイスラエル人によって考案され欧米人の体型や、その環境に適応した技術であり、体型や生活習慣の異なる日本人がそのまま用いるには不向きな部分もあります。」と、横山総師範は説明する。そのため功朗法ではクラブ・マガの基本メソッドを生かしつつ、先にあげた空手や太極拳などの動きや技を融合して、日本人に合った誰もが使える護身術としている。
 今回のセミナーでは時間も限られていることから、@正面からナイフや鉄パイプを構えられた場合と、A正面からピストルを構えられた場合の二つの状況設定を中心に行われた。
どちらも対武器を想定したものであるが、これは(護身を考える上で、武器を想定しないのはナンセンス)という横山総師範の考えに基づくものだ。
 また、対ピストルに関して言えば、日本においてはまだまだ実感をともなって取り組む気風は見られないが、横山総師範自身の海外での豊富な経験から(日本人にも必要である)と話す。実際、昨今の拳銃を用いた事件の多発を考えると、護身術が(現在を生き残るための技術)である上で必要と認めざるをえない。
 セミナーではナイフをかわし、相手に一撃を加える技術や、素手で拳銃の発射を防ぐ技法が繰り返し行われた。拳銃に関してはオートマチックとリボルバー(回転式)への対処方法が紹介された。これは現在フランスで射撃協会委員をも務める横山総師範ならではの、各々の特性を生かした細かな説明が加えられていた。

無抵抗が(安全)なわけではない
 しかし、その中でも筆者が首を捻ったのが、(はたして拳銃を手で抑えることが可能であるのか?)という点だ。実際に筆者も海外で数度拳銃を撃つ機会があったが、その殺傷力たるや小型拳銃でも致命傷になることは明らかであり、目の前に突きつけられた拳銃を手で抑えるなど不可能に思えたからだ。
 これに対して横山総師範は、「人間はとっさの場合、その恐怖の原因を(抑えたい)という欲求が生まれます。ですから拳銃を抑えるという行為は、平時の場合は思いもつかない行動ですが、とっさの場合、本能的な行為として現れます。それを利用したのが功朗法の技法です」という。
 だが、恐いという感情が(身を竦ませる)という場合もある。これについて横山総師範はこう答える。
 「確かに(こうした対処を)知らなければ、身を竦ませるかもしれません。ですから身を竦ませて危険が回避できないことをまず肝に命じるべきでしょう。(無抵抗であることが安全であることを保障するものではない)という前提をまず理解し、それでも恐いという感情を護身技術へ生かす、そういう発想の転換が大事です」

簡易ダーツ手裏剣の理
「何の変哲のないものでも紐や紙をつけることで誰が投げてもまっすぐ飛びます。

昔の小苦無(手裏剣の一種)や小刀には必ず柄に穴がありました。これは古文書などに口伝と記されていますが、つまり実戦においてはコヨリなどをこの穴に挿すことで刺中率をあげたのではないかと私は考えています」(横山総師範)
 手製の手裏剣をダーツ風に投げる横山総師範。どれも釘などに梱包用ビニール紐の束を巻きつけた非常に簡易なものだが、畳にしっかり刺さっている。
 また、短刀など訓練しなければ投げ刺すことの難しい得物でも、紙などを貫いて柄尻に巻き付けるだけで容易に刺さる武器に変身する(@〜A)。これは横山総師範独自の工夫による。
 「この利点は、投げつけられた相手がこれを抜いて再び投げ返してこようとしても、その時には紙がスッポリ抜けてしまい殺傷力が低下してしまうことです。しかし実際には、こうした投げ物は刺さることに大きな意味はなく、隙をついて近くにある物を取る時間を作ることが目的ですが……

 実際、記憶に新しいバスジャック事件では無抵抗の女性が刺殺されており、この点について横山総師範の言はうなづける。つまるところ功朗法の大前提として持つべきものは、実際の場面をリアルに考え、危機回避をするために必要と思われる行動の源に(恐い)という感情を能動的に生かす発想の転換となる、(Think Diffarence)が必要であると言うわけだ。
「恐いという感情を持つことで行動できるのが功朗法です。私だって何度もナイフや拳銃を突きつけられましたが、いまだに恐いですよ。でもその生の感情に逆らって、(恐くない)と思うことのほうが危険です」
 横山総師範が(恐い)と率直に語る根底には、横山総師範自身の少年時代や空手での挫折は無縁ではない。筆者の、「仮に横山先生が身体的に西洋人に対してハンデがなかったら功朗法は生まれましたか?」との問いに、横山総師範は、「なかったでしょう。私自身の経験が(恐さを持つ人間がどうやって身を守れるか?)ということが原点になってますから」と答えられている。
 つまり功朗法は武道家である以前に、人間として普通に恐さを知っている横山総師範だからこそ生み出された、(普通の人のための護身術)であるというわけだ。
 とはいえ、武道に関する横山総師範の造詣の深さはやはり普通ではない。セミナー後半で紹介された暗器(隠し武器)や飛び道具などは、師範が古文書から読み取った知識が生かされている。特に雑誌一冊で身を守る方法や、釘などを紙に突き刺し、そのまま投げることで直進性を増し、いとも簡単に(刺さる手裏剣)を作った場面には、参加者から驚嘆の声が漏れた。 
 「功朗法はあくまでも護身術です。ですから手段を選ばず相手の攻撃を防ぎ、危機から回避すれば良いんです。僕はつねづね((危険に対して)素手で立ち向かうなんて馬鹿なことだ)と言っていますよ。勝ち負けを競う場ではないんですから、一瞬でも相手の隙を作って手近なものを持って身を守ればいいし、相手に一撃を加えて逃げれば良いんです。もっとも、転倒さすくらいでは起き上がって向かってくる奴もいますから、最近では(始めたら一応ケリ(決着)をつけなさい)と言っていますが(笑)」
 武道を学ぶ目的の一つは護身である。その意味において功朗法は、技術的に即応性があると同時に、思想の上でも危機をリアルに考える思考と、その解決策に(恐さという自然な感情をポジティブにする(発想の転換)を我々に促すものである。これは、より根源的な意味において、実戦的な護身術といえるだろう。